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 6月になりました。今年の初めに立てた目標が少しも達成できず、「自分は怠け者だ」と自責の念にかられたり、目標そのものを「立てても無駄だ」と絶望したりしている人もいるかもしれません。

 このコラムでは、目標達成に大切な「どれからとりかかるか」の選び方と、やる気を持続させるしくみの作り方を解説します。

 注意欠如・多動症(ADHD)の主婦リョウさん(仮名、40代女性)は、年の初めに早寝早起き、ダイエット、運動習慣、健康的な食習慣などの目標を立てたにもかかわらず、達成できないでいます。てんこもりの課題の山ですね。

  • 【前回の記事】ダイエットや生活習慣、変えられない犯人は私? 心理学の視点では

 でも、こうした「習慣」を変え難いのは、リョウさんだけではありません。これらは、努力した直後に良い結果が起こらない「報酬遅延課題」なのです。こうした目標を達成するためには、「報酬が遅延しないしくみ作り」が大切です。

目標には「取り組む順番」がある

 みなさんの中には、「さっさとしくみ作りについて教えてよ」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。前置きが長くなりますが、その前にもう一つ、目標に取り組む順番について考えていきます。順番を間違うと、「土台が整っていない土地に高層ビルを建てようとしている」という苦しい状況になりがちです。人間でいえば、「睡眠不足でふらふらなのに、意識高い系子育てをしようとしている」といった状況です。

 私たちの生活習慣はいろいろあります。先に取り組むべきニーズが高いものから、余力があれば目指してみましょう、という後のせでもいいものまであります。では、どこから手を付ければよいのでしょう?

 ここで、ニューヨーク大学Rusk 研究所がまとめた、神経心理ピラミッドとよばれる図をお示しします。私たちの認知機能には階層構造があって、下の段から順に積み上げていくことで、上の段の機能もうまく働く、という考え方を示したものです。

目標を立てるときの、優先順位のつけかた=イラスト・中島美鈴

 たとえば、一番下の段の「覚醒・神経疲労」に関しては、リョウさんの目標でいえば睡眠と食生活が該当するでしょう。しっかり栄養をとって休むことでエネルギーチャージ、というわけです。これが整うと、意欲も出てきますし、タスク中に誘惑になるものが出てきてもぐっと我慢(抑制)もききやすくなります。

 その上の段が、「情報処理力」と「コミュニケーション」、「記憶力」、「実行機能」に「論理的思考」、「自己の気づき」。かなり高度な能力が積み上がってきています。リョウさんの目標の、和食の料理レシピを習得するとか、その調理時間を捻出するために時間の使い方を見直して計画を立てるなどは「実行機能」に該当します。

 こうして見てみると、まずはリョウさん、「ちゃんと食べて寝よう!」ということになりますよね。「腹が減っては戦はできぬ」はまさにこれなのです。また、報酬を遅延させないためには、この順番に加えて、「難易度の低いもの」かつ「短い期間で達成できるもの」を選び取ることが大事です。

報酬を遅延させない目標達成のしくみ

 リョウさんは、まずは睡眠の改善に取り組むのがよさそうです。

 ところで、リョウさんは、どうして早く寝ないのでしょうか。よくよく状況を観察してみるといくつも原因がありました。原因と対策をペアにしてご紹介しましょう。

①敗因その1:目標が高すぎた

 リョウさんの現状は午前1時か2時に寝て、7時すぎに起きる毎日でした。それに対して目標は0時までに寝て朝6時に起きるものでした。ずいぶん目標が高かったのですね。これでは「達成できたぞ!」という報酬がなかなか得られません(つまり遅延します)。目標をひとまず「安定して1時に寝る」ぐらいにしておけばよかったでしょう。

②敗因その2:手段が抽象的だった

 リョウさんは気合だけで「早く寝るぞ!」と思っていました。しかし現実には、0時半まではダラダラスマホをいじって、いざ寝ようとした時に「あ、水筒洗ってなかった」などとやり残した家事に気づいてモタモタしていたのです。夕方以降に何をどの順番でこなすのか(つまりルーチン)を決めておくとよかったのでしょう。

③敗因その3:本当にしたいことではなかった?

 リョウさんが早寝できないのは、早寝に対する動機づけが不十分だったからでした。なんとなく世間で「早寝早起きがいい」と推奨されていて、リョウさんもそうだろうなと思っていましたが、個人的な理由がいまいちそろってなかったのです。個人的な理由とは、リョウさんが早寝すると起こるよい結果(報酬)のことです。リョウさんは改めて考えました。

 「自分は一体なんのために早寝しようとしているのか?」リョウさんは毎朝遅刻スレスレにしか起きられず、自分のだらしなさが情けなくてみじめな気分を味わっていました。1日のスタートからどんよりなのです。ご機嫌な朝を迎えたいと心の底から思っています。もちろん体も心配ではあります。報酬を遅延させないように、朝早く起きることができたら、時間の余裕があって食べられるちょっとだけいいパンやコーヒーを用意してみました。

④敗因その4:一人で完結しない目標だった

 リョウさんが早寝を決意しても、阻害要因がありました。それは学校で使った水筒やお箸のセットをランドセルから出さないままの娘と、いつまでも食卓で晩酌をする夫が、食器や食べ残しをそのままにしていることでした。娘が学校から帰宅後、すぐに洗い物を出せば、リョウさんも目について忘れずに洗うことができるでしょう。娘さんの帰宅後ルーチンを整えること、自律して時間管理させることが大切です。夫の晩酌については、自分で片付けてもらうことにしました。

 

その後のリョウさん

 リョウさんは「これ以上毎朝ぎりぎりにしか起きられなくて、みじめな思いをしたくないんだ。私が目指すのは朝からご機嫌な自分なんだ」と固く決意しました。そして、夕方帰宅してからのリョウさんと娘のルーチンを紙に書いてリビングの壁に貼り出したのです。

 ルーチンがこなせて、午前1時までに眠ることができた日には、カレンダーにシールを貼ることができます。娘の分とリョウさんの分、シールが合わせて10枚になったら、家族みんなで焼き肉に行けます(もちろん野菜は多めにしました)。こうしてシールや焼き肉という報酬をちりばめていけば、この習慣も長続きしそうです。

 いかがでしたか? まだまだ一年の折り返し地点。私たちも年間計画を適宜修正して充実の一年にしましょう。

<参考文献>…

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